昨年の三者面談での指摘

シンガポールでは昨日2月5日に旧正月の新年を迎えました

昨年のこの記事からもう一年以上と思うと、月日が加速度的に過ぎていくのを実感します

「シンガポール親子留学のメリット 多様性に触れる 違いを認める」

娘の学校のお休みは今日まで。明日から通常授業に戻ります。他のインターでは今週いっぱいお休みのところもあるようです。

旧正月の時期はほとんどのお店が閉まるのですが、年々開いているお店が増えているように感じます。

かつての日本は、お正月にはお店がほとんど閉まっていたのが、最近は元旦から開いていますよね。

シンガポールも、需要があるということで開けるところが増えてきて、お正月の静けさがなくなっていく様をここ数年ですが実感しています。

お正月の親族の集まりが面倒だと言う若者のCMがあったりして。

古き日本がなくした静かなお正月をシンガポールで体験していたので、ちょっぴり残念であります。

が、今日は旧正月と全く関係のない、昨年の三者面談で先生に言われたことについてお伝えします。

自分の状態を知らせること

娘は、昨年9月に新しい学校に転校して、なんとか毎日の授業と課題をこなしています。

面談では、成績について特に言われることはなかったのですが、授業中の態度について、ほとんどの先生から同じ指摘がありました。

「彼女は授業中手を挙げて、発言をしない!」

娘の言い分はこうです。「授業の内容を理解していて、わからないところがない。特に質問はないので発言もしない。」

言われてみれば、なるほどそうですね。分かっているなら手も挙げず、発言する必要もないかもしれません。

先生の説明はこうです。「発言して、自分の考えを教えてくれないと、きちんと理解しているかどうかわからない。そのため、正しくサポートすることができない。」

また、「生徒が授業中に発言するということは、先生に指されて答える、わからないところを質問する、というだけでなく

自分はこう理解しているということを先生に、クラスメイトに、知らせると言う意味がある。」というのです。

答えは決まっている質問でも、考え方、アプローチは様々なので、それをクラスでシェアすることがより学びになる、学校に来て学ぶ一つのメリットであるとおっしゃいました。

「自分はこのように理解している、こういう風に考えて答えを出した。」ということを、先生に指されなくても発言して知らせる、という発想が娘にも私にもありませんでした。

クラスは発言で溢れている

娘の学校の授業中は、自分の考えを皆にシェアしたい子供達の発言で溢れ、とても活気があります。

娘は最初、なんでみんなこんなに手を挙げて発表したがるのか理解できなかったと言います。

娘の通っている学校はお国柄、自分の意見をはっきり言うことが何より大切だということを小さい時から教え込まれているので、

よく言えば自己主張のはっきりした、時にはまぁなんと理屈っぽい、という生徒が多いです。

そんな中で、日本の学校での授業態度が身についてしまっている娘には、なかなかチャレンジングなクラスではあります。

先生もクラスメイトも、娘が転校してきて間もないこと、まだ英語でない言語をうまく話せないこと、を分かっているので気にせず考えをシェアしてほしい。

特に数学ができるので(あくまで比較として)、日本でのやり方を教えてほしい、というお話でした。

とは言っても、私のアメリカ留学中を思い返しても、クラスでの発言は勇気がいることです。

そのため、まずは授業後に先生のところに行って話す、手を挙げなくてもいいから、隣のクラスメイトとシェアする、など科目別にチャレンジすることが決まりました。

さあ、明日からお正月明け、楽しくチャレンジしてもらいたいです。