海外移住はマイノリティを経験できる大きなチャンス

木曜日に娘の学校が終わりました。これから2ヶ月半長い長い夏休みです。

実は、シンガポール内で転校することになりました。編入試験や手続きなどもろもろようやく一段落しましてホッとしております。

今回の転校では、タイトルにある通り「マイノリティ」という言葉がキーワードの一つでした。

海外で生活する、海外で教育を受ける時にこその「マイノリティ経験」について書きたいと思います。

シンガポールの日本人

外務省のデータによりますと、シンガポールには36,423名(2017年10月現在、在留届を元にした数字なので、実際はもう少し多いかも)の日本人がいます。

永住権保持者の方を除くと、大半はビジネスで、しかも駐在でいらしている方とその家族が多いような気がします(あくまで私の主観ですが)。

シンガポールの人口約580万人からすると、約0.7%となり比率としてはマイノリティだと言えます。

しかし、前回の記事の通り、シンガポールのセミナー会場でダイバーシティ(多様性)について考えてみた

シンガポールではある程度、それぞれのコミュニティの中での生活が基盤となっていますから、

子供を日本人学校に通わせていれば、もちろん周りは皆日本人ですし、日系企業であれば、日本人の同僚との業務となり、お付き合いも日本人同士が多くなりがちです。

そのため、自分がマイノリティであると日々痛感する場面は、思ったより少ないのではないでしょうか?

娘の転校の理由

娘は2016年にシンガポールのインターナショナルスクールのG5(小学校最終学年)に転校しました。当時小学校5年生でした。

G5では、他に日本人の生徒はいましたが、さすがにインターナショナルスクールということで、国籍も様々。

まだ英語が不慣れな中、日本人のクラスメイトにたくさん助けていただきました。

マイノリティとして、自分たちをわかってもらおうと努力し、学校内である程度の位置を確立していったと思います。

そして、G5からG6に上がる、ちょうど中学生になるタイミングで、多くの生徒が、転校したり、別の国に引っ越したりして、娘のインターナショナルスクールから卒業していきました。

それと入れ替わりに、日本人小学校を3月に卒業した生徒たちが、4月から入学し、気がついたら、日本人生徒が一番多い、マジョリティになっていました。

普段の授業は、英語の進捗状況や選択科目などによって違うので、日本人のクラスメイトは一人しかいなかったのですが、

やはりマジョリティとしての勢力は大きく、学校内でも日本語環境が多々あるということで、今一度留学の意味を考えることになったのです。

日本人の生徒は、真面目で行いも良く、最初は英語に不慣れでも、あっという間に追いつくポテンシャルを持っていると、学校側も気づき始め、

中学生からでも入学できるインターナショナルスクールが増えていると聞きます。

そのため、小学校まではしっかり日本人学校で学び、中学生になって自分の意志でインターナショナルスクールを目指す生徒も以前より多くなってきている印象です。

そんなわけで、娘は来学期から、日本人である娘が圧倒的マイノリティである学校に通うことになりました。

マイノリティ経験の効用

私はアメリカ生活で、圧倒的なマイノリティ経験をしました。中西部の大都会シカゴでも、当時日本人は少なくて、特に大学では、同じ科目を選択している日本人生徒はいませんでした。

そのため、英語習得のスピードも早かったように思いますし、また、日本について説明できるよう日本文化や歴史についても真剣に学ぶようになりました。

自分はこういう意見を持っている、その理由は具体的な事例もさることながら、こういう文化的・歴史的背景にも起因しているのだ、と言えるようになっていきました。

同じ文化や歴史、習慣を持つ中での生活ではいちいち説明する必要のない事柄も、わざわざ言わないとわかってもらえないという状況に身を置くということは、

思考力、言語力の向上にとても役立つと、自身の体験から学んでいるので、娘にも半ば強制的に転校を提案しました。

最初は抵抗していたものの、仲良しのお友達がいなくなってしまうこともあり(この年頃は友達がとにかく重要ですからね)、今は、新しい学校に通うのを楽しみにしています。

日本を一歩出ると、たちまち私たちはマイノリティになります。それを経験をしているかしていないかによって、考え方が大きく変わると私は思います。

「周りは、同じ考え、習慣を共有してきていないのだ」という前提から始まるので、「言わないでもわかってもらえるだろう。」という期待も最初からないですし、拒絶されることがあってもそれは当然ですよね、だって知らないんですから。

これは私の経験ですが、いきなりアメリカに、しかも英語ができない状態で行ったので、随分と苦労しました。

世界中の人は当然英語を話せる、話すべきでしょ、と思っている人たちの中に入っていくより、シンガポールから始めるのがいいようですよ。