ダイバーシティはとても便利でいい響き

シンガポールに来る前から、そして来てからもダイバーシティ(多様性)という言葉をよく使います

必ず聞かれる「なぜ母娘でシンガポールへ?」という問いに対する答えとして欠かせない便利な言葉であります

それに、ダイバーシティって、なんかいいでしょ、響きが「意識高い感じ」に聞こえませんか?

「娘にはダイバーシティの環境で成長して欲しいと思いまして」とかね

実際、娘にとって、いろいろな人がいて、いろいろな考え、宗教、習慣、などを日々体験できるシンガポールは

まさにダイバーシティが特別な事ではない、と自然に思える環境であると言えます

先日、日本人を対象にしたセミナーに参加しまして、セミナー中に感じたことについてお話しします

日本にいる錯覚に陥る

今回参加したセミナーは、日本人を対象にしたセミナーであったため、もちろん周りはみなさん日本の方、ほぼ満席

とても興味深い内容で、あっという間の2時間でした(資料のわかりやすさに軽く感動)

周りが全て日本の方で、講師も日本語で説明してくださり、質問も日本語(回答する方は日本人以外の方もいらっしゃいましたが)

セミナー中に、すっかり日本にいる錯覚に陥ってしまいました

少し気を抜いても頭に入ってくる、母語で進行するセミナーは久しぶりで、話の途中でも考え事ができる嬉しさとか

真剣にメモをとっている参加者の方々の姿とか、なんだかホッとするような、安心感のような、そんな気持ちになりました

ダイバーシティを微塵も感じられないセミナー会場で、日本を懐かしんでおりました

シンガポールのダイバーシティ環境

私は、ローカルの会社に勤めていまして、いろんな国籍の同僚と一緒に働いていますから、まさに日々ダイバーシティ環境に身を置いているわけであります

しかし、よく見てみると、シンガポーリアンやマレー系のPRの人(主に中国語を話す人たち)、タミル語グループ、

そして、その他の言語を母語に持つ、アクセントのある英語を話す人たち、と分かれているんですね

ダイバーシティはすぐお隣に存在しますが、お互い付かず離れずといった感じ

重要なことはポンポンっと中国語で決まっていきますしね→華麗なるトランスフォーメーション 英語と中国語とシングリッシュ

また、チャイナタウン、リトルインディア、リトルタイ、マレー地域など、人々は分かれて生活していますし

HDB(公団住宅)も、部屋の割り当てに一定の配慮があるとかないとか

アメリカのSegregation(棲みわけ)にちょっと似ているかもしれません 私たち日本人もシンガポールで棲みわけてますよね、ある程度

海外生活で重要な「気にしない、OK Lah~!」

日本では、多様性を受け入れる社会が望ましい、という流れになってきていると感じますが(LGBTなんかもその流れ)

ここシンガポールでは、ダイバーシティ環境が日常的ではあるが、ある程度棲みわけがされていて

「違いを受け入れる」とかではなく、「特に気にしない」っていう感覚に近いように思います

「気にしない」、「そんなに真面目に受け取らない」、って生きていく上で案外大切なことではないでしょうか

気にせず、「あぁ、違うんだな、OK Lah~!, OK Lah~!」がいいようです